「クラシカルか、コンテンポラリーか」ではなく、私が学び続けた先に見えてきたもの

先日、Gratz PilatesのJohn Riccitiello氏が「Why Classical Pilates?(なぜクラシカルピラティスなのか)」という記事を読みました。
そこには、
- マスタリー(熟達)
- マインド・ボディ・コネクション
- 教師と生徒の深い関係性
この3つが、クラシカルピラティスの魅力として書かれていました。
とても共感する内容でした。
しかし、その文章を読みながら、私はもう一つ考えたことがあります。
それは、
「クラシカルか、コンテンポラリーか」という二択で考える必要はないのではないか。
ということです。

私は最初からクラシカルを目指したわけではありません
私は最初からクラシカルピラティスを学んできたわけではありません。
むしろ、現代の身体や医学、機能解剖学などを取り入れたコンテンポラリーピラティスを学び、その考え方に多くの魅力を感じてきました。
現代人の身体に合わせてプログラムを組み立てること。
痛みや機能改善を目的に、一人ひとりに合わせてエクササイズを選択すること。
そうした柔軟な考え方は、今でもとても大切だと思っています。
そして私は、Jillian Hesselという素晴らしいティーチャーと出会い、長年学び続ける中で、「ピラティスとは何か」を深く考えるようになりました。
さらに、その学びを続ける中で、自然とクラシカルピラティスにも興味を持つようになりました。
「クラシカルを選ぼう」と決めたというより、
もっと深く知りたい。
もっと本質を理解したい。
その気持ちが、私をクラシカルへ導いてくれたように思います。
クラシカルを学ぶことで、ピラティスの魅力がさらに見えてきた
クラシカルピラティスを学び始めて感じたことがあります。
それは、ジョセフ・ピラティスが残したシステムの完成度の高さです。
マットにも、
リフォーマーにも、
キャデラックにも、
チェアにも、
すべてに順番があり、流れがあり、意味があります。
一つひとつのエクササイズが次の動きにつながり、身体を段階的に育てていく。
決して「決まりだから守る」のではなく、「その順番に意味がある」ことを学びました。
同じエクササイズでも、学ぶたびに新しい発見があります。
これは、何十年続けても終わることのない学びです。
だから私は、クラシカルピラティスには「鍛錬」という言葉がよく似合うように感じています。
一方で、コンテンポラリーにも大きな魅力があります
だからといって、コンテンポラリーが劣るとは全く思っていません。
むしろ、私は今でもコンテンポラリーから多くを学んでいます。
現代人の身体は、ジョセフ・ピラティスが生きていた時代とは大きく違います。
生活習慣も違えば、仕事も違う。
痛みの原因も多様です。
その人に合わせて評価し、必要なアプローチを選択していくコンテンポラリーの考え方は、臨床の現場ではとても重要です。
だから私の中では、
コンテンポラリーは「調整する」ピラティス。
クラシカルは「鍛錬する」ピラティス。
ではないかと思います。
もちろん、これは単純に分けられるものではありません。
クラシカルにも身体を整える力がありますし、コンテンポラリーにも身体を鍛える要素があります。
でも、それぞれが大切にしている軸には少し違いがあるように感じています。
大切なのは「どちらを選ぶか」ではなく、「学び続けること」
私は、最初から「クラシカルにしよう」「コンテンポラリーにしよう」と決める必要はないと思っています。
まずはピラティスを始めること。
身体と向き合うこと。
自分の身体が変わる喜びを知ること。
それが一番大切です。
そして、
「もっと知りたい」
「もっと深く理解したい」
そう思ったときに、クラシカルを学ぶことで見えてくる世界があります。
私自身がそうでした。
コンテンポラリーを学んだからこそ、クラシカルの価値が分かる。
クラシカルを学んだからこそ、コンテンポラリーの良さも、より理解できる。
それぞれが互いを補い合い、私の中でピラティスというメソッドをより立体的なものにしてくれました。
私たちが受け継ぐもの
Gratzの記事には、「教師はジョセフ・ピラティスから続くバトンを未来へ渡す存在である」と書かれていました。
私はその言葉に深く共感します。
しかし、私たちが受け継ぐべきものは、単なるエクササイズの順番やテクニックだけではありません。
「なぜ、この順番なのか。」
「なぜ、この動きを行うのか。」
「この人の身体には、今、何が必要なのか。」
そう問い続ける姿勢こそが、本当に受け継ぐべきものではないでしょうか。
クラシカルか、コンテンポラリーか。
その違いを議論することよりも、目の前のクライアントの身体に真摯に向き合い、自分自身も学び続けること。
その積み重ねが、ジョセフ・ピラティスの残した「Contrology」の精神を、未来へつないでいくのだと私は思います。
だから私は、これからもクラシカルから学び、コンテンポラリーからも学び続けます。
どちらかを選ぶためではなく、ピラティスという素晴らしいメソッドを、より深く理解し、一人でも多くの方へ本質を伝えていくために。
「どちらが正しいか」という対立ではなく、「学びを深める過程で両方の価値が見えてきた」ものを大切にしたいと思っています。
まずは体験!













