「自分のための身体を、ちゃんと作っていますか?」

ピラティスのインストラクターとして学び続けていると、
もっと知りたい。
もっと深く学びたい。
自分の指導に、もう少し理由を持ちたい。
違う視点から身体を見てみたい。
そんな気持ちが出てくることがあります。
その時に、また新しい資格を取りに行く、という選択ももちろんあると思います。
でも私は最近、それだけではないのではないかと思っています。
新しい資格を増やす前に、もう一度、自分自身の身体を使ってみる。
自分の身体を観察してみる。
そこから学べることも、とても多いのではないでしょうか。

いつもクライアントを見ているからこそ、自分を見なくなる
インストラクターは、毎日たくさんの身体を見ています。
骨盤はどうなっているか。
背骨はどう動いているか。
呼吸はどうか。
どこに力が入りやすいか。
どこが使えていないか。
いつもクライアントの身体を見て、考えて、言葉をかけています。
でも、
では自分自身の身体はどうでしょう。
自分の足はどう床を踏んでいるのか。
背骨は本当に動いているのか。
左右差はどうなっているのか。
呼吸はどこに入っているのか。
いつもクライアントに向けている視線を、自分自身に向ける時間は、意外と少ないのではないでしょうか。
自分の身体を知ることは、指導の土台になる
自分で動いてみると、知識だけでは分からなかったことに気づきます。
「この動きは、思っていたより難しい」
「私はここで力んでいる」
「右と左では、こんなに感じ方が違う」
「ここを意識すると、全身のつながりが変わる」
そういう発見は、テキストを読んだだけでは得られません。
そして、その経験があるからこそ、
クライアントが「分かりません」と言った時に、
少し違った見方ができる。
うまく動けない人を見た時に、
すぐに「できていない」と判断しなくなる。
一つのエクササイズにも、いくつもの感じ方があることが分かる。
自分の身体を通して学ぶことは、
結果的にクライアントを見る力にもつながっていくのだと思います。
「自分のための自分」を作る
インストラクターとして働いていると、
どうしても自分の身体は「仕事のための身体」になりやすいと思います。
デモをするため。
レッスンをするため。
クライアントをサポートするため。
でも、本当はそれだけではありません。
自分の身体は、自分のものです。
誰かに見せるためでも、
誰かを指導するためでもなく、
自分自身が心地よく動くため。
自分自身が長く元気に過ごすため。
自分自身の変化を楽しむため。
そんな時間があっていいと思います。
むしろ指導者だからこそ、
「人のために身体を使う時間」とは別に、
「自分のために身体を作る時間」
が必要なのではないでしょうか。
自分の体の投資するのは、いかがでしょうか。
何かを得るためもいいかもしれません。が、自分で自分の体のために、動くそれを目的にすることで、得られるものは
多いと思います。
学ぶことは、増やすことだけではない
私たちはつい、
新しい資格。
新しいメソッド。
新しいエクササイズ。
新しい知識。
と、何かを増やすことで成長しようとします。
でも学びは、増やすことだけではありません。
今持っているものを、もう一度自分の身体で確かめる。
同じエクササイズを、以前とは違う感覚でやってみる。
今の自分の身体を知る。
そこにも、十分に深い学びがあります。
むしろ長く指導している人ほど、
その時間が大切なのかもしれません。
まず、自分自身に戻る
クライアントの身体を見る前に、
まず自分の身体を感じる。
クライアントに問いかける前に、
まず自分自身に問いかけてみる。
私は今、どこで支えているのか。
どこが動きにくいのか。
どこに余計な力が入っているのか。
どんな時に身体が軽くなるのか。
そんなことを自分の身体で探していく。
それは資格証には残りません。
肩書きにも増えません。
でも、その積み重ねは、確実に自分の指導の中に残っていくと思います。
「今の自分の指導を、もう少し深くしたい」
そう思った時、
すぐに次の資格を探す前に、
一度、自分自身の身体に戻ってみる。
自分で動き、
自分で感じ、
自分を知る。
そこから始まる学びもあるのではないでしょうか。

身体に絶対の正解はありません。
今日の内容も、現場で学び続ける私自身の一つの視点です。
「ピラティスは、するものではなく、生きるもの。」
「ピラティスは、動きを学ぶことではない。身体との対話を育てることである。」
まずは体験!













