「誰から学び、どう受け取るか ― ピラティスにおける“言葉の重み”」

最近、ピラティスのセミナーや学びの場が増え、さまざまなアプローチに触れる機会が多くなりました。
それ自体はとても良いことだと思っています。
日本では、情報がどうして団体ベースになることが多いが、それを打破し、いろんな方がセミナーを開かれ、今までの知識をシャアできる環境は、素晴らしいことだと思います。
ただ、その中で少し考えさせられることがありました。
ピラティスには、「誰から学んだか」という流れがあります。
ジョセフ・ピラティス氏から始まり、その弟子たち、そしてその先へと続いていく系譜です。
例えば、同じ言葉であっても、
その背景にある“経験”や“時間”によって、伝わり方は大きく変わります。
長い時間をかけて一人の先生から学び、
自分の身体で試し、繰り返し、修正されながら積み重ねてきたもの。
そこから出てくる言葉には、やはり重みがあります。
一方で、今は映像や本など、さまざまな形で情報に触れることができる時代です。
それらから学ぶこと自体は、とても価値のあることだと思います。
ただ、その学びをどう受け取り、どう伝えるかは、とても大切だと感じています。
ピラティスは、「理解したらすぐできる」ものではありません。
もしそうであれば、誰もがすぐに上達し、結果を出せるはずです。
しかし実際には、身体には個体差があり、奥の感覚は簡単には見えません。
だからこそ、正しい、間違っている・・・・ということではなく、また真スターティーチャーたちがこういった。。。それを伝えるのは大切だけど、それは、マスターたちも意図するものがあってのことであり、それをしっかり自分の中に受け止め、噛み砕いたことで理解できることもあり、そこも重要だと思います。ピラティス氏は亡くなっている今、聞くことができないからです。
・繰り返し
・時間
・継続的な指導
これらの中で、少しずつ身体が変わっていくのだと思います。
私自身、長く学び続ける中で感じるのは、
ピラティスは「情報」ではなく、「人を通して伝わるもの」だということです。
誰から学び、どのような時間を過ごしてきたのか。
その背景があって初めて、言葉や動きに深みが生まれるのだと感じています。
だからこそ、何かを伝えるときには、
・どこから学んだのか
・それをどう自分の中で受け取っているのか
そういった文脈が最も大切にしていきたいと思う部分であり。
ピラティスは、すぐに結果が出るものではありません。
けれど、その分、丁寧に向き合った分だけ、確かな変化が積み重なっていきます。
これからも、その本質を大切にしながら、
学び続け、伝え続けていきたいと思います。

まずは体験!












