海外での学びと、私が伝えたいピラティス

海外での学びと、私が伝えたいピラティス
先日、海外へ学びに行ってきました。
この時間は、単に知識やテクニックを学ぶだけではなく、
自分自身の在り方や、ピラティスとの向き合い方を見つめ直す機会でもありました。
私には、二人のメンターがいます。
一人は、2016年から師事している
ロサンゼルス在住のマスターティーチャー、ジリアン・ヘッセル。
彼女は、ジョセフ・ピラティスの直弟子である
カローラ・トリアー、キャシー・グラント、ロン・フレッチャーの三名から学び、
その流れを今に伝えている存在です。
カローラがジョセフに作ってもらったキャデラックを今も所有し、
その歴史を体現しながら、ピラティスを伝え続けています。
また、ダンサーとしての経験や、側湾症への独自のアプローチなど、
自身の身体と長年向き合い続けてきたからこそ生まれる深い洞察を持ち、
40年以上にわたりピラティスを探究し続けています。

もう一人は、2020年にジリアンの紹介で出会った
バンクーバーのリサ・マシュー。
クラシカルピラティスのスタジオを経営し、
その本質を情熱をもってお客様に伝えているマスターティーチャーです。
彼女はコンテンポラリーからスタートし、ロマーナピラティスを経て、
最終的にクラシカルピラティスに辿り着きました。
その中で、
「クラシカルこそが最も安全で、本質的である」
と自身の体験から確信し、今もなお学び続けています。

この二人のメンターから学べることに、
私は心から感謝しています。
ピラティスは、単なるエクササイズではなく、
その人の人生や背景までもが表れるものだと感じています。
だからこそ、
どれが正しい、どれが本物、という単純な話ではなく、
さまざまなピラティスがあっていい。
大切なのは、
自分が何を選び、そこから何を感じ取り、
どう育てていくかだと思っています。
私はこれまで、フィットネスインストラクターとして
30年以上、身体と向き合ってきました。
その中で、最も興味が湧き、
そして実際に「自分の身体が変わった」と感じたのがピラティスでした。
それまでの運動では感じられなかった、
自分の内側にある感覚。
うまく言葉にできないけれど、
「自分にはまだこんな可能性があったのか」と思えた瞬間。
本来持っているものを、少しずつ思い出していくような感覚でした。
人は誰でも、潜在的に多くの可能性を持っていると言われています。
でも、その多くを使わないまま、
気づかないまま終わってしまうことも少なくありません。
それは、とてももったいないことだと思うのです。
自分の中に、まだ何かがある。
まだ変われる。まだ感じられる。
そう思えること自体が、とても豊かで素敵なことだと感じています。
そして、それを感じていただきたいのが、
私のお客様です。
運動は、特別な人だけがするものではありません。
身体が柔らかい人、運動が得意な人、
そういう人のためだけのものではなく、
本来は、誰もが楽しめるものだと思っています。
それでも現実には、
「運動はしんどい」
「うまくできない」
「続かない」
そう感じてしまう方が多いのも事実です。
その“壁”をやさしく取り除き、
身体を動かすことを「楽しい」と感じさせてくれるのが、
ピラティスだと私は思っています。
ピラティスのマシンも、そのためにあります。
マシンのために私たちがいるのではなく、
マシンを使うことで、自分自身をより深く感じられるように設計されています。
サポートでもあり、気づきを与えてくれる存在でもある。
ただ動くのではなく、
「どう動いているか」「何を感じているか」に気づかせてくれるツールです。
私自身が学び、成長していくことは、
そのままお客様へとつながっていくものだと感じています。
だからこそ、これからも学び続け、
自分の身体と向き合い続けていきたいと思っています。
ピラティスを通して自分を強くし、
その過程を楽しみながら、
その中で得たものを、
お客様にも感じていただけるように。
そして、ピラティスが
日常を支える「健康のための確かなツール」として
それぞれの人生に寄り添うものであってほしいと願っています。
ピラティスというと、日本ではまだ
・筋肉を鍛えるもの
・姿勢を整えるもの
・体幹トレーニングの一種
そのように捉えられることが多いように感じます。
もちろん、それも一つの側面です。
ですが、それだけではピラティスの本質には届きません。
ピラティスは、筋肉を「使う」ことだけが目的ではありません。
筋肉を理解し、動かす。
でも、それ“だけ”に偏らない。
呼吸、感覚、重さ、流れ、リズム、意識、バランス。
私たちが本来持っているあらゆるものを使って、
身体を統合的に動かしていくものだと思っています。
トレーニング理論が入っていないようで、
実はしっかりと内在している。
けれど、それを理論だけで支配しない。
この絶妙なバランスこそが、
ピラティスの面白さであり、難しさであり、
そして本質なのではないかと感じています。
時々、
「日本人には合わない」
「海外のものだから難しい」
そんな声を聞くこともあります。
でも私は、むしろ逆だと思っています。
ピラティスは国や文化を超えて、
“人としての根本”に触れているものだからです。
私はこれまで30年以上、
フィットネスインストラクターとして身体と向き合ってきました。
その中で、最も自分の身体が変わり、
最も深く興味を持ち続けているのがピラティスです。
自分では気づいていなかった感覚、
本来持っていたはずの機能。
それに気づいたとき、
「まだ自分の中に可能性がある」と感じることができました。
人は誰でも、潜在的に多くのものを持っています。
でも、それを使わずに終わってしまうことも多い。
それは、とてももったいないことだと思うのです。
だからこそピラティスは、
その“眠っているもの”を呼び起こし、
身体を動かすことを
「楽しい」「気持ちいい」と感じさせてくれるものです。
運動は、本来誰のものでもなく、
特別な人だけができるものではありません。
それでも、
・しんどい
・うまくできない
・続かない
そう感じてしまう人が多いのも現実です。
だからこそ私たち指導者は、
「できる人のための運動」ではなく、
「誰もが自分の身体を感じられるように導くこと」
そこに責任があるのだと思っています。
ピラティスのマシンも同じです。
マシンのために私たちがいるのではなく、
マシンは“自分を感じるための道具”。
サポートし、気づきを与え、
本来の身体へと導いてくれる存在です。
そして、私自身の学びと成長は、
必ずお客様へとつながっていくものだと感じています。
だからこそこれからも学び続け、
自分の身体と向き合い続けていきたいと思います。
ピラティスを、難しいものでも特別なものでもなく、
もっと本質的に、
そしてもっと楽しく。
その価値を、これからも丁寧に伝えていきたいと思います。
まずは体験!













