なぜ、力を発揮しようとするとお腹が前に膨らむのか

脚を持ち上げる、スプリングを押す、腕でバーを引くなど、身体が力を発揮するときには、体幹を安定させるために腹腔内圧が高まります。
腹腔内圧とは、腹部の内側に生じる圧力です。
この圧力は、横隔膜、腹壁、脊柱周囲の筋群、骨盤底筋によって囲まれた空間の中で調整されます。横隔膜と腹筋群が協調して働くことで腹腔内圧が上昇し、四肢の動きや外部からの負荷に対して体幹を支えます。
つまり、力を出すときに腹圧が高まること自体は、異常ではありません。
問題は、その圧力を腹壁がどのように受け止めているかです。
腹壁が適切に緊張し、横隔膜や骨盤底筋と協調していれば、腹部全体が圧力に対応します。しかし、腹壁の張力が十分でなかったり、力を入れるタイミングが合わなかったりすると、上昇した腹圧によって、腹壁の変形しやすい部分が前方へ押し出されます。
これが、力を入れた瞬間に見られる「お腹がポコッと膨らむ」という現象です。
したがって、
お腹が膨らむ=腹圧がない
ということではありません。
むしろ、
腹圧は上がっているが、それを腹壁全体で適切に制御できず、前方への膨隆として現れている
と考えた方が正確です。
腹壁には、内臓を保持するだけでなく、腹圧を生み出し、圧力に応じて変形する性質があります。
そのため、腹圧の上昇と腹壁の前方突出は、筋力だけでなく、腹壁の張力、組織の柔軟性、姿勢、呼吸方法、負荷の大きさなどによって変わります。

腹横筋、TAとは何か
TAとは、Transversus Abdominisの略で、腹横筋と呼ばれます。
腹横筋は腹壁の深層にあり、筋線維が主に水平方向に走っています。収縮すると、腹壁をコルセットのように取り囲み、腹部内容を圧縮し、腹腔内圧の調整に関わります。
ただし、腹横筋を単独で働かせれば、すべてが解決するわけではありません。
体幹の安定は、腹横筋だけではなく、
- 横隔膜
- 内腹斜筋、外腹斜筋、腹直筋
- 多裂筋などの脊柱周囲筋
- 骨盤底筋
が、呼吸と動作に合わせて協調することで成立します。
また、腹横筋は「呼気でしか働かない筋肉」ではありません。姿勢保持や四肢運動に合わせて活動し、呼吸パターンや姿勢によって腹筋群の活動量や腹腔内圧は変化します。
そのため、指導では、
「腹横筋を使ってください」
と筋名だけを伝えても、十分ではないのかもしれません。
お客様にとっては、何をどの程度、どのタイミングで行えばよいのかが分からないからです。

なぜ、お腹を引き込みにくいのか
お腹を前へ押し出す人に対して、「お腹を引きこんでください」と伝えても、簡単には修正できません。
その理由は、単なる筋力不足ではなく、圧力の制御と運動のタイミングの問題だからです。
1.力を出す前に腹壁の準備ができていない
脚や腕を動かすと、体幹には反作用が加わります。
本来は、その負荷が加わる前後に腹筋群や横隔膜が協調して働き、腹腔内圧を調整します。
ところが、体幹の準備が遅れると、四肢の動きによって生じた力が先に体幹へ伝わり、腹圧だけが急に高まります。その圧力を腹壁が受け止めきれず、前方へ膨らみます。
つまり問題は、腹横筋が全く働いていないというより、必要なタイミングで、必要な強さで働けていない可能性があります。
2.息を止めて圧力だけを高めている
力を出そうとしたときに息を止めると、胸腔内圧と腹腔内圧が急激に上がります。
高負荷の動作では、このような圧力上昇が力の発揮に役立つ場合もあります。しかし、低負荷のピラティス動作でも毎回息を止めてしまうと、圧力の微調整ではなく、身体全体を固める戦略になりやすくなります。
その結果、
- 胸郭が動かない
- 脊柱が硬くなる
- 首や肩が緊張する
- 腹部が前へ張り出す
という動きになります。
抵抗運動では、負荷や呼吸方法によって腹腔内圧が大きく変化するため、指導では目的と負荷を考える必要があります。
3.「引き込む」を強く行いすぎる
反対に、お腹をへこませようとして強く引き込みすぎることも問題です。
腹部を過度に薄くしようとすると、
- 呼吸が浅くなる
- 胸郭の動きが制限される
- 骨盤底筋や横隔膜との協調が失われる
- 動作に必要な腹腔内圧を十分に作れない
ことがあります。
腹部を引き込む方法、いわゆるアブドミナル・ドローイングは、腹横筋や内腹斜筋の運動制御を学ぶ方法としては有効です。一方で、強い力を必要とする課題では、腹部全体を協調して固めるブレーシングとは役割が異なります。
どちらか一つが常に正しいのではなく、動作の目的や負荷によって使い分ける必要があります。
なので、やはり個々の姿勢や状況など、クライアントをよく見て、その状況に合わせていくキューイングが大事になってきます。なので、ピラティスのティーチャーのこの言い方はわかりやすいわ〜としても、それを実際にそのやり方ができるかどうか、わかりません。また、一つのキューイングがわかりやすい・・というよりも、たくさん引き出しを持っているその人に合わせて、その状況に合わせて言える言い方をたくさん持つことが指導者にとって、大事だと思います。

「360度方向に引き込む」とはどういうことか
ここは言葉を慎重に使う必要があります。
「360度にお腹を引き込む」という表現は、お客様には感覚的に伝わりやすい一方、解剖学的には少し曖昧です。
筋肉の働きとしては、腹横筋を含む腹壁が腹腔内容を内側へ圧縮します。しかし、腹腔内に生じた圧力は、前後左右、上下を含む空間全体に伝わります。
したがって、より正確に言えば、
腹壁は全周性に適度な張力を作り、内部の圧力を前方だけに逃がさず、体幹全体で受け止める
という状態です。
これは、お腹を強くへこませることではありません。
また、吸気時のように腹部を大きく膨らませることでもありません。
外見としては、
- 下腹部だけが突出しない
- 腹部前面に過剰な隆起が起こらない
- 側腹部や背部にも適度な張りがある
- 胸郭と骨盤の位置関係が保たれる
- 呼吸を止めずに四肢を動かせる
という状態になります。
私は、これを単に「お腹を引く」と指導するよりも、
「前だけに押し出さず、お腹の周り全体で支える」
「お腹を薄くするより、胴体全体の張りを保つ」
「息を吐きながら、下腹部が前へ飛び出さない範囲で脚を動かす」
と伝えた方が、実際の動きにつながりやすいと考えます。
これをどう伝えるのか・・・
実際に、言葉で言うのか、比喩で言うのか・・・
理論を説明するのか・・・
それは、クライアントが実際にどうの方法が一番結果として出やすいか・・
(ただ、わかったと思うだけでなく実際の行動に移せることができるか)
それを私たちは、考える必要があります。
呼気を使う理由
私のクラシカルピラティスのティーチャー Risaが、
Finding TA on the exhale changed everything.
と表現しているのは、呼気が腹横筋を感じるきっかけとして使いやすいからだと思います。
安静呼気では、横隔膜は弛緩してドーム状に戻り、上方へ移動します。努力呼気では、腹筋群の活動が高まり、腹部内容を内側・上方へ圧縮することで呼気を補助します。
実際、速い呼気や努力呼気では、内腹斜筋と腹横筋を含む深層腹筋群の活動が高まることが報告されています。
そのため、呼気を利用すると、
- 肋骨がまとまる
- 腹壁の張力を感じやすい
- 下腹部の前方突出を観察しやすい
- 動作と体幹支持を結びつけやすい
という利点があります。
ただし、ここで重要なのは、呼気を強制しすぎない方がいいクライアントもいます。
息を最後まで吐き切らせたり、腹部を強くへこませたりすると、かえって動きが固くなる人もいるのです。
呼気は、体幹を固定するためではなく、腹壁の張力と動作のタイミングを学習するための手段として使う必要があります。
なので、その人の呼吸の結果を見て、呼吸を吐くことが目的ではなく、その呼吸が何をもたらすのか見ることです。

Risaの指導では・・・
この腹部の前方突出は、言葉だけで修正するのが難しい現象です。
「お腹を引いて」
「腹横筋を使って」
「コアを入れて」
と伝えても、お客様は腹直筋を固めたり、息を止めたり、骨盤を後傾したりして代償することがあります。
Risaの指導が優れているのは、筋肉を直接命令するのではなく、
- 呼気のタイミング
- スプリングの方向
- ダウエルやマジックサークルから得られる感覚
- ペディプルやキャデラックによる支持
- 動作の速度と範囲
を調整し、腹壁が働かざるを得ない状況を作っている点です。
つまり、彼女は「腹横筋を収縮させる方法」を教えているのではありません。
力を発揮するときに、腹部を前へ押し出す戦略から、体幹全体で圧力を調整する戦略へと運動学習を変えているのです。
ここに、指導者としての高度な技術があるんだと思います。
クラシカルのスプリングがつよいからこそ、それを引き出せるし、また最初はそれらを使わずにまず、引き込む呼吸から練習し、それを学習していくように指導しています。
筋肉の名前を説明することよりも、
どの負荷なら呼吸を止めずに動けるのか。
どの姿勢なら腹部の突出を抑えられるのか。
どの器具なら本人が正しい感覚を得られるのか。
それを観察し、調整することが重要なのです。
まとめ
私のスタジオに来てくださるピラティスインストラクターの方で、この腹圧の問題を指摘させていただくことがあります。
今まで、ピラティスの勉強をしていく中で、その腹圧などの本質的なところは避け、エクササイズの形を追いかけてしまった結果なのかもしれません。案外、運動ができる人に多い気もします。
なので、力を発揮するときにお腹が前へ膨らむのは、単純に「腹横筋が弱いから」ではありません。
力を出すことで腹腔内圧は高まります。その圧力に対して腹壁の張力や筋活動のタイミングが不十分であると、腹部前面が押し出されます。
一方で、腹部を強く引き込みすぎても、呼吸や動きが制限されます。
必要なのは、
腹部を常にへこませることではなく、呼吸を保ちながら、腹壁全体で圧力を調整し、必要な動きを行えること
です。
Risaが行っているのは、まさにその感覚を、お客様の身体の中に作る指導です。
その感覚はクライアントによって違う。それを見極めて指導すること。
呼吸を教えているように見えて、実際には、力の出し方を教えている。
腹横筋を教えているように見えて、実際には、体幹と四肢の協調を教えている。
私はそこに、ピラティス指導の本質があると感じています。

まずは体験!













