「経験していないことを、経験したかのように語る」

「経験していないことを、経験したかのように語る」インストラクターの時代?
先日、YouTubeで大学教授たちのAIについての対談を見ました。
その中で、ある教授がこんなことを話していました。
「AIは、実際には経験していないことでも、まるで体験したかのように話し、説明することができる。それが面白い。」
この話を聞いたとき、私はふと、ピラティスの指導現場でも同じようなことが起きているのではないかと思いました。

実際に動いていないのに、語れる指導者
近年、解剖学や運動学の知識を豊富に持ち、それを理論立てて伝えることができるインストラクターが増えています。
「この動きでは、腸腰筋がこう働いて…」「脊柱のアーティキュレーションを意識して…」など、専門用語も巧みに使いながら、あたかも自らの身体でその感覚を味わってきたかのように話す。
きっと、クライアントから見れば「すごい先生」に映るでしょう。
でも、私は時々、こう思うのです。
「本当に、その動きを自分の身体で何度も何度も繰り返し、感覚を積み重ねてきたのだろうか?」

知識ではなく、身体で語れるか
本当にすごいインストラクターとは、言葉のうまさや知識の多さだけでは測れません。
・何度も練習し、身体に落とし込んだ感覚があるか
・失敗や違和感も含めて、試行錯誤の経験があるか
・その経験をもとに、お客様に合った導きができるか
その積み重ねこそが、言葉に重みを与え、伝わる指導へとつながるのだと思います。
たとえ専門用語を使わなくても、シンプルな言葉であっても、「経験から生まれた言葉」は、相手の身体と心に響きます。
お客様にとって本当に価値のあること
指導の本質は、「わかりやすい」こと以上に、
**「結果が出るかどうか」**です。
それは、「伝える側がどれだけ自分の身体で理解してきたか」によって、大きく変わると私は思います。
「知っている」ではなく、「感じている」
「できる」ではなく、「伝えられる」
そんなインストラクターでありたいし、そういう仲間と一緒に学び、成長していきたい。

さいごに
AIの進化はすばらしい。
でも、人の身体に触れ、人と向き合うピラティスの指導は、やっぱり“経験”が命です。
口先だけの「わかったふう」ではなく、実体験にもとづいた「本当に伝わる指導」を、これからも大切にしていきたいと思います。