ピラティスについて

自分の中でのコミュニケーション

コミュニケーション・・・

 

コミュニケーションは、対話で成り立つものであり、ちょっと考えてみるとどういうことなんでしょうか。人間の一つの特徴的な必要不可欠なものですね。

これは、

1 社会生活を営む人間が互いに意思や感情、思考を伝達し合うこと。言語・文字・身振りなどを媒介として行われる。「―をもつ」「―の欠如」

2 動物どうしの間で行われる、身振りや音声などによる情報伝達。

[補説]「コミュニケーション」は、情報の伝達、連絡、通信の意だけではなく、意思の疎通、心の通い合いという意でも使われる。「親子の―を取る」は親が子に一方的に話すのではなく、親子が互いに理解し合うことであろうし、「夫婦の―がない」という場合は、会話が成り立たない、気持ちが通わない関係をいうのであろう。

出典:コミュニケーション | goo辞書

 

 

だそうです。

 

これ、他人ともこれがないと社会の中で生きていくことは難しくなるのですが、

言葉でなく、体の動きでもあると私も思っています。

言葉の代わりになるもの。自分の内面を表現できるもの・・

ただ、これを一方的に伝えてばかりでは、成り立たず、受け取る側の問題もあるのですが。

 

 

そこで、こういう考えも私は、持っていて、

自分の中での対話にも使えないのだろうか・・・ということです。

もちろんコミュニケーションによって他人と社会を築き、その中で暮らしていくことが普通であるのですが、

自分の中にもそのコミュニケーションをとれる場所があれば・・どうなんだろう。

 

自分で自分を承認し、自分で自分にプレッシャーをかけ、そしていろんな立場で考えていく。そんな体を持てれば、もっと自分の中の世界が広がりませんか?

 

いつも同じ場所で同じ考えのままだとしんどい・・・狭いところで安定するのは当たり前ですが、

広い中で安定できればさらに安心感が増す。

 

いつも自分の中に軸を持ち・・・これは心だけの話でなく、身体としての安定性、軸を持ったならば、

きっと心も安定するはず。

毎日、エクササイズは自分でしているのですが、旅行から帰り、すぐにしたセッションと

練習した後でしたセッションが自分の中で大きく違って感じました。

 

 

そうなんだ・・・・

 

また目からうろこです。自分の中でこころの安定性は、不確実なもので、本当にそうであるのかは側的不能です。が、ピラティスをしっかりして体を動かした後には、軸を感じられているはず。そのあとの自分の指導が、冷静であり、なおかついろんなことを想定しながらクライアントの様子をしっかり見られたうえのでセッションだったと思いました。

 

毎日の中では、わからないことがこうやって期間をかけて、ちょっと客観的に自分を見れるようにしておくことも大事であり、そのうえで、自分で対話ができた結果だと思います。

 

自分のことはわからなくて当たり前。

皆さんもピラティスをコミュニケーションツールとして自分の体と対話をしてみませんか?

 

案外面白い結果が起こってきます。

 

 

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