誤解されがちなジョセフ・ピラティスの5つの姿

誤解されがちなジョセフ・ピラティスの5つの姿
ピラティスを学んでいると、創始者ジョセフ・ピラティスについてのエピソードを耳にすることがあると思います。
けれど、その中には実際とは少し違って伝わっているものもあります。
ここでは「誤解されがちな5つの姿」として、史実と伝承をあわせてご紹介します。
実際には、ジョセフピラティスの資料を調べ、研究している人もいるので、この情報が完璧だとは言えません。そこはご了承ください。

1. 「戦場の看護兵」ではなく、抑留所での運動指導
よく「ジョーは第一次世界大戦で看護兵として兵士を介護した」と語られることがあります。
ですが実際には、彼はイギリスで 敵国人として抑留されていました。
その収容所の中で、仲間の健康維持のためにエクササイズを指導したり、ベッドにスプリングを取り付けて動かせるよう工夫したりしました。
この経験が、後の「リフォーマー」「キャデラック」などの器具につながったのです。
最初、ジョー(ジョセフピラティスの愛称)は、コンビリフォーマーのような形のものを作っています。
それがキャデラックになったようです。
また、看護師だったという記述があるとは聞いていますが言われているように戦場で戦禍の中で怪我人を助けたということではなかったと思います。
2. 「白いブリーフ姿」?それとも「青いショートパンツ」?
写真でよく見かけるのは、ジョーが白いブリーフ姿で筋肉を見せている姿。
そのため「いつも下着でいた」というイメージが広まりました。
けれど直弟子のロマーナは、「それは下着ではなく、お気に入りの青いショートパンツだった」 と語っています。
当時のファッション感覚もあり、見え方が人によって違ったのかもしれませんね。

3. 義眼だったという事実
ジョーは幼少期、病気や怪我を繰り返しました。
その中で 片目を失明し、義眼だった と伝えられています。
体の弱さを抱えながらも強くなろうと努力した背景には、この経験もあったのではないでしょうか。
実際に、いつ、どうして義眼になったのかは分かりません
が、バランスやセンタリングがあるように、それにこだわったのは、そこからだったのかもしれません。
納得がいきますね。
4. クララは「正式な妻」ではなかった
ジョーのパートナーとして有名なのがクララ・ピラティス。
多くの資料では「妻」と書かれていますが、実際には 正式な結婚の記録はなく、事実婚 だったとされています。
さらにドイツには、かつての妻と子どもがいたという記録も残っています。
複雑な背景を持ちながらも、クララと共にニューヨークでスタジオを築き上げたことは間違いありません。
また、愛人がいたとも言われていますが、そこあたりは、本当にジョーは人間臭い人だったのかなと思っています。
その辺りの事情は、分かりませんが、ジョーは人であり、神ではなかったという点に私は、なるほど・・というような感じがあります。
神のような存在ではなく、人臭いからこそ、生活の中に染みついたライフスタイルとなるエクササイズができたのかなとも考えられます。
私がピラティスで好きなのは、全て生活の中から想像できるものばかりで、エクササイズなどを一見見ると人離れ技のように見えますが、
とても生活に密着していて、人であることを最大限に広げているものなんだと感じるところです。
5. 小さなジムと、弟子たちの大きな成功
「ジョーのジムはいつも大人気だった」と語られることもありますが、実際には生徒は限られており、主にダンサーやアスリートが中心でした。
大きく広がったのは、弟子たちがそれぞれの地で指導を始めてからのこと。
ロマーナ、ロン・フレッチャー、キャシー・グラントなど、彼らが広めたことでピラティスは世界的な成功へとつながりました。
ジョーは、ビジネスでも成功しようと、アメリカンドリームを夢見ていたが、厳しかったとも聞いています。
今の状況を見ると、ジョーはきっとびっくりしたに違いありません。
おわりに
こうして見てみると、ジョセフ・ピラティスの姿には「伝承」と「史実」が入り混じっていることがわかります。
でも、そのすべてが彼の魅力であり、メソッドを形作った背景でもあります。
「弱さを克服して強さをつくる」― その信念こそが、今も私たちに伝わっているピラティスの核心なのだと思います。
また、今の世の中と同じ。情報が溢れ、私たちは、何を取捨選択していくのかが大事です。
SNSのままに信じてしまうことも恐ろしさ、また考えることがなくなってしまい、誘導されていくままに社会が流れています。
その中で流されるのもいいけど、そこにどう自分のアイデンティティを見つけていくのか。
インターネットで繋がり、世界が垣根がなくなっているが、だからこそできる溝もあり、複雑な世の中です。
ピラティスも同じように広がって、認知が上がったからこその誤解もあります。
正しいことが大事であるとは言えず、何を選択していくかが大事なんだと思います。
ジョーは異国にちで自分の存在をさらに広げようと頑張り生涯をかけました。
正義・・・考えてみるきっかけであり、自分の存在に対し、根を持ち、自分で支えていける気持ちを持つことも
ピラティスに隠されているのではないかなあと感じています。
