変わらない理由は「頑張り方」にある

― なぜ私は“器具”を大切にするのか ―
ピラティスの器具を、
私は「マシン」とは呼びません。
それは、
身体を鍛えるための“機械”ではないからです。
アパレイタス。
イクイップメント。
それは、
身体と対話するための“道具”です。
それはトレーニングマシンではない

リフォーマー
キャデラック
ワンダチェア
ラダーバレル
これらは、筋肉を大きくするための機械ではありません。
スプリングは、
負荷ではなく「フィードバック」です。
間違えば教えてくれる。
正しければ、静かに流れる。
アパレイタスは、
“正しい動きへ導く教師”のような存在です。
補助ではなく、教育
マットが基礎で、器具は応用。
そう思われがちですが、そうではありません。
アパレイタスは、
身体に正しい感覚を教育します。
・どこが中心か
・どこが抜けているか
・どこが過緊張しているか
身体の真実が、
スプリングを通して明らかになります。
ごまかしが効かない世界
マットでは勢いでできてしまうことも、
アパレイタスでは通用しません。
中心が抜ければ動かない。
コントロールがなければ崩れる。
だからこそ、
本物の“Control”が育ちます。
それは筋力ではなく、
神経と意識の質です。
なぜ私はアパレイタスを大切にするのか
年齢を重ねた身体にも、
痛みを抱えた身体にも、
運動に自信がない方にも。
アパレイタスは
無理なく、安全に、
そして深く身体へ入ることを可能にします。
そして何より、
“本来の身体”を思い出させてくれます。
言葉は、その哲学を映す
「マシン」と呼ぶか
「アパレイタス」と呼ぶか。
その違いは小さく見えて、
実はとても大きい。
それは
“鍛える道具”なのか
“身体を整える知恵”なのか
という思想の違いだからです。
私はこれからも、
アパレイタスという言葉を大切にしながら、
本質としてのピラティスを伝えていきたいと思います。
まずは体験!













