ピラティスって自由だ

韓国のコンベンションで、新しいピラティスの捉え方にふれ、

世界のトップの先生方にお会いし、なんだか、頭がパンパンになっていましたが、

ピラティスって一体なんだろう、といつも考えているわたしがいました。

もちろん、答えは出ていませんが・・・・

ピラティスは、ジョセフピラティスが作ったものです。が、ジョー(ジョセフピラティスの愛称)だけでこれが成り立っていたのかというとそうではなく、その弟子、エルダーと言われる人や奥さんのクララの貢献があったからです。もしかして、ピラティスでなく、「クララ」でも良かったのかもしれません(笑)

が、名前は、それに落ち着いているけど、ジョーの作ったそのままのピラティスは、世に広まっているわけでなく、そのエルダーのエクササイズやそれらをアレンジしたものや、また新たな考え方を入れたものなど、自由な状況になっています。

なので、ピラティス=ピラティスさんのものではないのが実際なのに、名前は固有名詞になっています。それが、間違いの元なのかもしれません。ピラティスということには、商標権の裁判も起きていますが、ピラティスは、固有なものではなく一般的なものと捉えられ、ピラティスということが誰でも使えるものであると判決が出ています。

でも、今、本当にピラティスはジョーのものなのか。

エルダーたちは、ジョーの考え方だけでなく、自分の考え方も入れて、たくさんの人にピラティスを伝えました。そのアプローチを学んだ人が、現在、世界のピラティス指導者にもう一度伝えるべく活動されています。

ルーツではあり、そこに本質はあるものの、それが、全てではないというのが実情です。というのは、私たちには、お客様がいるからです。

ジョーもエルダーもそうだったんだと思います。そこには、クライアントがいるのです。スチューデントということなのかもしれませんが、介在している人がいるのです。そのためのピラティスなのです。

そう思うと、お客様にとって、ジョーが必要があるとは思えません。

指導者に必要だと思うのは、原点を知ることで本質を考える手立てになること。もちろん、お客様主体になるかもしれませんが、そうなるとピラティスでなくてもよくなることもあるでしょう。が、「ピラティス」という枠組みを守ることで、お客様にそれを伝えること・・・というには、やはり原点は大事ではあるはず。

例えば、ある高校の校長がすごく有名人であったとしましょう。であるからといって、素晴らしい学校かはわかリません。対外的には有名な人が学長だからと有名になっても、実際の学生はそれにより、何を得られているのか。それによって、なにを得ているのかも人によって違うのかもしれません。

そんな世界に固まるより、もっと自由になりませんか?

高校の問題でなく、その通っている学生一人一人の問題です。

それが、ピラティスだと思います。

自由なんですよね。が、その中には、高校単位で考えたい人もいるでしょう。私、あそこの有名人のいる高校に通っているんだよ=って。でも、それが、みんなが羨ましがらないと意味がなく、

自分が何を基準にしているのかでも変わってくるもの。

ピラティスは、なんでもOK・・・・自由なんです。自分の目的をはっきりし、さらに何を得るのかだと。私には、自分の中の幸せをピラティスによって掴みたい!!

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