ピラティスについて

女性でも男性でも・・・誰でも自由である

昨日

どうしても見たかった映画・・・

無理くり、

 

仕事終わりのレイトショーへいってみてきました・・・

 

 

実は、本を読んでいたのはいたのだけど、あんまりインパクトはなかったのです。。

が、女性の生き方のようなことを書かれていたし、

今、私自身が人生を振り返ると、

女性として社会の中での存在について、いろいろ考えだした時期で、

リンクしたことに意味を感じて、どうしても見たいと!!!言ってきました。

 

本を読んだ時と違いました。。。なぜだろう・・映像って本当にすごい。

より、自分にぐっと近づき、そして、心をえぐりました。

 

2時間ずっと泣きっぱなし。あんまり、映画をみて、泣くことは少ない方なのですが、

ずっとずっと泣いていました。

 

そんなにすごいインパクトのあることではない~何気ないこと

主人公のキムジヨンは、一般的な普通の女性。就職して、結婚して子供がいて。

今の私で、なんの問題もない。

でも、ちいさななにか、

これまでの母からそのまた母から・・・受け継がれた何かが自分の奥側のものを閉じ込めている。

って感じる女性って多いと思うんです・・・

 

なんか生きにくいというか・・・

 

映画の中でもそうでしたが、

就職した会社のできる女性上司・・・・痴漢にあったときに感よく察し、助けてくれる女性。

不満があるならしっかりと口に出して言える姉。

そんな女性もいます。

 

 

結婚すると・・・

姑との関係性・・夫との子育てに関する共同していく感覚・・・

 

娘であるからこそ、

母が我慢してきたこと・・・が子供の自分のせいに思えることも。

 

 

満たされるように思えるけど、誰が悪いわけではないけど、

社会のながれというのか、そういうもの・・・・であることがなにか、自分の自由への

足かせになっている。

 

それは、自分が悪いのではない・・・誰が悪いのではない・・・なぜか、うちに込めてしまう。

そう誰が悪いのでもない。

 

社会は、みんなでつくる・・・その中で孤立した感覚が出てくるのですね。女性って・・・

 

社会に参加できていないような・・・

上手く言えないけど、

一人で頑張ればいいいうか、自分だけ我慢すればいいような。それは、現代の特徴なのかもしれません。

 

 

映画の中では、

女性としての生きづらさを初めて知る少女時代、

必死に勉強して入った大学から就職への壁。

結婚・出産で会社を辞め、

社会から切り離されていくような気持ちを抱える日々、

そして再就職への困難な道――。

 

女性なら誰もが感じたことがあるであろう場面を積み重ね、ジヨンの人生は描かれていました。

 

 

ドラマティックなことがあるわけでなくk、

ちょっとしたこと・・・

 

 

道歩く人に言われたひとこと・・

姑に言われたこと・・・母に言われたこと・・・

 

何気ない一言が、私たち女性に違和感を感じさせる。

 

でも、それは、誰が悪いわけでもない。

 

貴方もそんな風に思ったことはないですか?

絶望さえ思えるものですが

 

ですが、じゃどうしたらいいのか・・・・

 

この映画でもそうでしたが大きな解決策はないのです。

 

個人として女性だからでなく・・・

個として「何を選択するか」「決断するか」なんだと私は思っています。

 

女性は選択できるはず。

 

だから、男性が悪いわけでも、

姑が悪いわけでもない・・・

 

 

もちろん、母が悪いわけでもない・

 

誰も悪くない。母親だから、娘だから・・・こうしないといけないということがありません・

 

一人でないから、選択することなんだと。

 

選択するには、自分を持たなくてはなりません。自分の責任を全うしなくてはなりません。

それを放棄せず、リスクも取りつつ、選択する・・

そこだと私は、思うのです。

 

私と重なるエピソード

私もよく、あまり笑ってはいけない・・と言われました。

どうしてそういわれるのか、理解できなかったけど・・

そして、女性は頭が良くてはだめだと言われていました。大学に行かずにすぐ結婚しろ。と。

就職も働くのもよくないと反対されました。

 

 

ジヨンの母の境遇も

私の母に似ていて、それが重なり、涙が止まりませんでした。

 

私の母は、高校は夜間に通い昼は足袋のミシン工場で働きながら、学び、

その時に腰を患い、入院しています。その時のつらさや我慢を小さな私に話していました。

本当は、デザイナーになりたかったのだと服を作る仕事がしたかった。。。。

そして、母の妹は、服の勉強をするために学校に行ったことが悔しかったようで、

その悔しさも小さいな私にぶつけていました。

 

そして、母の母は、優しい感じの人で、それもよく似ていました

 

思い出すだけで、涙が止まりません・・・・

 

ずっと続く我慢の連鎖

そして、私の母は、娘しかおらず、ずっと息子を生まなかったそのことを親戚から言われ続け、

とても悔しい想いをしていました。

なので、私が息子を二人産んだ時、私はこう思ったのです・・・

「母の恨みをこれで晴らしたな・・・」って。

 

こう思う私も自分でおかしい・・・自分で何を言ってるのだろう。

 

母の感情が私に乗り移っているようで

なんだか、不思議な感情でした。

 

この映画を見て思ったのは、

私が育った環境は、日本で暮らしているにも関わらず、古い韓国文化が残り、

まるで、日本の中なのに、女性に対する考え方はまるで韓国社会のようだったのですね。

そして、私は、二つのダブルルーツを持つようになったのかもしれません。

二つの社会に同時に住んでいたような。

 

 

だからこそ、

私は何者だと・・いう想いが現れ、

それにたいして葛藤が少女時代から始まっていました。

 

幸せだけど、出口から出ないといけないその時の壁

子供がいて、夫がいて、

幸せだけど、

でも、ふと見ると出口があるのです。

 

そこから出るのは、とても勇気がいる・・・

 

自由を得るにはそこから出ないといけないのです。

 

 

でも、その出口には、大きな壁が立ちはだかっています。

それを乗り越える人もいる・・・・・乗り越えない人もいる・・

 

また、ここで、乗り越えたからいいではないと思うのです。乗り越えるのも乗り越えないのも

その人の意志。それを尊重されるべきだし、その選択肢を手に入れておくことが大事なことだと思います。

 

でも、ジヨンは乗り越えてみたけどできなかった・・・

 

一般的にもそんなことはあるはず。

そして、そこにもし、誰かの助けがあったら・・・

 

そうも思うのです。

でも、その助けも、受動的ではなく・・・

自分でその助けを見つけないと。

 

私たち女性は、強い!

 

もっと何でもできる。誰の擁護はいらない・・・自分で考え、自分で決断し、

そして、自分で行動できる。この社会の一員として、個として独立して人生を

送ることができるのです。

 

擁護されなくても、手厚い手助けもいらない。

自分でなんとかできる。その時に、暖かく見守ってくれる社会があれば。

 

私もそう思います。

私も母です

私には、娘がいます・・・

その娘に何を受け渡すことができるのか・・

 

実は、生まれた時から決めています。

女性は・・・強く、自分で決断するものだと。自由なんだと。

 

 

だからこそ、芯を持たなくては。

 

誰に何を言われても揺るがない、軸。

 

心の軸と体の軸を

 

自分の選択を良しとして生きていける時代。社会としても

個として、認めてもらいたい・・・だけなんですよね。

 

きっと

 

この考え方がピラティスに重なるのは、私だけでしょうか・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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