インストラクター

 

 

 

 

Hideko Kikuta

studio Pilates remove 代表

大学在学中よりエアロビクスなどの運動指導に携わる。ピライベーと

現在はエアロビクス、ステップ、ピラティス、タイ式ヨガなど一対一から60人を超えるグループ指導まで、様々な形の運動を指導。
年間1400本を超えるレッスンを指導。

他にインストラクター向けの講習会やインストラクター養成コース、フリーインストラクターへの研修講習も行う。

30年以上の運動指導経験と大学またいろんな場での指導経験を生かし、初心者でもプロでも本質を押さえたわかりやすい指導を心掛けている。その中でもピラティスには想い入れがあり更なる探究を続けている。

数年前より、アメリカ・ニューヨーク、ロサンゼルスなどピラティスの本場で基本的な本質を追及するため、数度渡米し学びを広げている。

プライベートでは、3人の子供の母親でもあり、子育てと仕事・家事と、充実した日々を送る。

 

ピラティスとの出会いは2006年。   新しいプログラムを取り入れたくて、養成コースを受ける。
が、そのコース中に学生時代から長年悩んでいた腰痛が、改善されているのに驚き、ピラティスが本当に良いものだと実感した。そこから、カラダの正しい動きについて、深く考えるようになり、ピラティスを学べば学ぶほどにカラダが軽くなるのを感じる。自分のからだが日々変わることに、効果をさらに実感し、これを他の人にも伝えたいという気持ちでさらなる学びを求め、現在もその想いで探究を続けている。

20代の頃よりもからだの調子を保つことができ、悩んでいた腰痛もなく、けがもなく日々笑顔で楽しくからだを動かせるようになった。運動は特別なことでなく、ライフスタイルであり、良い習慣を持つこと。そんな毎日の中に生きずくピラティス。日常的な生き方を示し、女性が元気でいつまでも美しく輝く、そのための最善の姿勢を手に入れてほしい・・・そのためにピラティス指導に取り組んでいる。

心も体もバランスよく心地よくいられるピラティスのメソッドを是非皆さんに伝えたいと、
専門スタジオを設立。日本でも珍しいマシンを揃え、お客様へピラティスをなるべくわかりやすく伝えること、また自分の体でそれを立証すべく、ピラティスの更なる探究を行なっている

一人でも多くの人に、ピラティスを知っていただくためにも、

ピラティス氏とそのお弟子が伝えてきた素晴らしいメソッドを大切にし、

基礎的な部分をわかりやすく伝えるため、長年研究や検証をした考えを加え、ピラティスをわかりやすく伝えていきたいと前向きに取り組んでいる。

 

ピラティス氏の弟子であった、カローラトリエのシンプルで女性としての繊細さを加えたピラティスを探究しており、わかりにくいと言われているピラティスイメージをがらりと変えていきたいと望んでいる。

 

 

 

  

私達は、本来の有るべき姿が、あります。

そんな輝ける自分に近づけるお手伝いをさせてください。

心に届くエクササイズで

Be bright・・・・・共に輝きましょう!!

  • studio pilates remove代表
  • STOTTピラティス認定(Full  Sertified)
  • P.I.C ピラティスインストラクターコミュニティ 代表
  • 桃山学院教育大学 非常勤講師
  • ライトピラティス グランドマスター

主な海外研修

2015年10月 アメリカ・デンバー PMAミーティング参加、その後、ニューヨーク・トロントピラティス行脚
2016年9月 アメリカ・ニューヨーク オリジナルスタジオRolatesPilates にて ティーチャートレーニング
2016年10月 アメリカ・フェニックス PMAミーティング参加
2017年6月 アメリカ・ロサンゼルスにて Jillian・Hessell 「 Keeping The Flame」レベル1参加

プロフィール

1967年 大阪府豊中市生まれ
1988年 大手スポーツクラブ社員を経て、フリーへ
1992年 結婚
1995年 出産のため休職
2006年 JAPピラティス養成コース参加
2008年4月 STOTTピラティスマット認定取得
2009年8月 STOTTピラティスフル認定取得
2014年6月 studio Pilates remove オープン

ピラティスとは

ドイツ人のジョセフ・ピラティスが開発したエクササイズです。
ピラティス氏は1880年にドイツに生まれました。
病弱であった幼少時代から独学で解剖学を学び、様々な健康法や運動を実践することにいより、病気を克服し、健康な体を手に入れました。

この経験をもとに「コントロロジー」と呼ぶ独自の兼広報ピラティスメソッドを考案しました。

1914年、第一次世界大戦時に、彼はイギリスで捕虜となり収容所に抑留されます。
その生活の中で、ピラティス氏は負傷兵にリハビリを行いました。

ベッドのまわりにあるものを工夫し、今のマシンが出来上がったと言われています。

1918年、世界的なインフルエンザの大流行がありましたが、このコントロロジーに取り組んでいた彼の仲間は一人もこの病気に倒れなかったと言われています。

その後1926年にアメリカに渡り、ニューヨークでスタジオを開きました。

そのユニークなメソッドはニューヨーカーたちに受け入れられ、様々な業種の顧客を得ます。

特に、当時のモダンダンスのパイオニアたちが、ダンサーのコンディショニングとして取り入れました。

ピラティス氏を直接知る人たちは、「ジョー(ピラティス氏の愛称)は体に関して天才だった」と言います。

広がってゆく中でこのメソッドが枝分かれしているのも現状です。

コントロロジーは、単なるエクササイズではなく「学ぶもの」だと、ジョセフ・ピラティスから直接学んだ先生はそう言っています。

体と心がバランスのよい理想的な状態に到達することで幸福を得られる・・・というのが、ピラティス氏の考え方です。

体と頭と精神の三位一体化は、ピラティス・メソッドを通じて実現できる。
これが達成されれば、自信が生まれる。
こうして私たちは幸福を得る

- ジョセフ・ピラティス

 ジョセフ・ピラティス氏 ジョセフ・ピラティス氏